神戸電鉄で有馬へ向かうと一駅ごとに緑が深くなる。秋は燃え、冬は髪に雪がとまる、あの風景を懐かしく思いだす。 今は車ですいすいと30分で湯煙の郷に着く。大阪の人も神戸の私達も、こんなに近くにこんな豊かな温泉をもっていて幸せだ。 宿の思い出もさまざまだが、快適満足な宿よりも何かがあった宿の方が心に残る。 最初に有馬へ行ったのはワイワイ組で、川柳仲間と一緒だった。金の湯銀の湯が珍しく、何べんも出たり入ったりして、指がぶよぶよになった。朝八時、もう一度と欲を出して裸で引き戸を開けると長靴のおじさんがバケツ片手に湯船を洗っていらしてキャッ!私よりもおじさんが尻餅をついたあの日。 それから何度も家族で訪れた春夏秋冬。いつか私は一人きりになっていた。一人で冬の有馬へ泣きに行った。子らは巣立ち、夫には死に別れた女に、有馬の湯はとてもやさしかった。からころと下駄を鳴らしているうちに、ふと胸の深くに好きな人がいることに気がついた。髪を洗って打ち払っても、その人は消えない。 縁とは何と不思議なものだろう。二年たって私はその人と有馬で結ばれた。二人とも五十代ということさえ忘れて電車でごっとんごっとん、胸はどっきんどっきんの夢心地。 「あ、乗り換え駅!」私が慌てたものだから彼も慌てて飛び降りた。電車に鞄を忘れて汗をかいたのもなつかしい。 東京の人だった彼は、有馬の一夜から神戸大好きになってくれて、ついでに私も好きになってくれて、私たちは結婚した。「ねえ、有馬へ行こうよ」と、どちらかが言う日はケンカの後が多い。結びの湯は仲直りの湯でもある。そうして六十代の今は、いたわり坂になった。湯の匂う坂道を少うし照れて手をつなぐ。 有馬の近くの狼谷に墓も建てた。死んでも温泉に入りたい楽天夫婦の墓である。